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旅の序章

エジプト文明博物館

サッカラ〜ギザ

アスワン〜アブシンベル


アブシンベル〜アスワン

未完成のオベリスク

ホルス神殿

ルクソール西岸

大エジプト博物館

旅のエピローグ
入エジプト記 第9日目:2月15日(日)大エジプト博物館
旅の予習
第9日目:15日(日)ギザ
08:00大エジプト博物館P16:(4時間)
13:00昼食
14:00カイロ市内ショッピングモール。
16:00出発予定。
19:35QR1302〜カイロ発〜ドーハ(3時間)
23:40ドーハ着
(3.5時間ラウンジ利用B)以上予習

 本日はこの観光のメインの1つ大エジプト博物館への訪問がある。ここで会ったら写真撮ろうねと約束した福岡大学の2人も訪れている。ここで彼女らに会うことはなかった。
9時から4時間の見学予定。

旅の実際

9日目2月15日モーベンピックメディアシティホテル泊。
 日を跨いでのホテル到着。疲労困憊。ホテルに入るや帰国準備に取り掛かると同時にバスタブに湯を溜める。成田到着後妻のスーツケースを自宅に送る。その為に荷物の仕分けが必要となっている。明日成田での後泊の為の着替えも必要。
 それにしても寝る為だけのホテルにしてはもったいない。ビジネスホテルの方が利便性がいい。リフトでの縦方向の移動で済む。ここは横方向の移動になる。腰を痛めた妻には大きなハザードとなった。就寝は2時を過ぎていた。
起床。日が昇っている。
6:30荷物を外に出して、そろりそろりと朝食会場に向かう。大きなプールやヤシの木々が植えられ、その名の通り真にリゾートホテルである。半泊するだけなのに。本当にもったいなさ感を感じてしまった。
 ダイニングは2階。最初リフトを見つけられなかった。苦労して階段を上がると左前にリフト発見。帰りはこれで降りられる。

入場券の絵柄が違う GEMの大ホール ギザの三大ピラミッドも

博物館前にはオベリスクが根元で切られ、その断面が見られる。果たして良いものやら悪いものやらエジプト人の思考の根底が分からない。博物館に入るとラムセス像が出迎えてくれる。広い広いエントランス。時間とともに人人でスペースが埋まっていく。1回からエスカレーターで会場へ。現地ガイドのアブさんが手頃な展示物を解説していってくれる。

外側から

 このエスカレーターの行き着く先にはツタンカーメンの副葬品が展示されている。幾重にもマトリョーシカの様に外側柩が大きいものから順に展示されている。装飾された体型に合わせた内側の柩へと展示は移っていく。最後にマスク。全方位全側面からの鑑賞ができる。エジプト博物館の時はもっと近くに寄れたがカメラ撮影は禁止された。不思議なもので何故かスマホ撮影は許されていた。
 今回念願の撮影ができる。玉座や神輿も素晴らしい。ここまで1時間以上の説明を行なってくれている。


 ツタンカーメンの黄金のマスクは、古代エジプト第18王朝のファラオ、ツタンカーメンのミイラに被せられていた世界で最も有名な考古学的遺物の一つ。
 死後の世界の神であるオシリスの顔を模しているとされ、高さ54cm、肩幅39.3cm。
 主に23金の延べ板で作られており、表面には18金や22金の合成粉末が塗布されている。
  目の部分は石英と黒曜石、アイラインにはラピスラズリが使用されている。
 総重量は約11kg。
 背面から両肩にかけて『死者の書』の呪文が神聖文字(ヒエログリフ)で刻まれており、額には上下エジプトの守護女神であるネクベト(ハゲワシ)とウアジェト(コブラ)の装飾が施されている。。

 王宮でくつろぐツタンカーメン王と、その体に香油を塗る王妃アンケセナーメンの仲睦まじい姿が描かれています。
黄金の玉座 夫婦愛 玉座サイドから
 アテン神の加護: 背もたれの上部には、太陽円盤から伸びる無数の手(太陽神アテンの光線)が描かれ、王と王妃に生命を与えている。肘掛けは翼を広げたコブラ、脚はライオンの足を模しており、全体が木製に金箔、銀、色ガラス、貴石などで贅沢に装飾されている。
夫婦の絆: 王と王妃が左右でサンダルを片方ずつ履き合っている様子が描かれ、二人の深い絆を象徴している。

空から降ってきた鉄剣 ツタンカーメンの子らの棺 内臓が収められた厨子
ツタンカーメンの短剣Photo: Courtesy Ahmed Maatouk
 若くして王になったツタンカーメンの墓から出土した5000点以上の遺物の中で、長年にわたり研究者が魅了され、かつ頭を悩ませてきたのがこの短剣だ。ツタンカーメンの右太腿あたりで見つかった短剣は鉄でできているが、紀元前14世紀のエジプトにはまだ鉄の製錬法が伝わっていなかったからだ。
 2016年、鉄にニッケルと微量のコバルトが混じった組成から、短剣に使われている金属は隕石由来のものだとする研究結果が発表された。この短剣を「天からの鉄」と呼んだ古代エジプト人は、おそらく隕石の貴重さを認識していたのだろう。専門家たちは、精巧な技法と希少な素材が用いられたツタンカーメンの短剣から、古代エジプトの生産技術の謎をさらに解明しようと研究を続けている。

私はこの棺が気に入っている

この後太陽の船にも向かうようである。地球の歩き方では別棟別料金の記載があったが、そのまま入れるようだった。15分の見学時間しか与えられなかったので、現在修復中の第二の船の骨組みを見学し、集合場所のラムセス像に向かった。自由見学時間がもらえるので第一の船を残した。
 自由見学時間が90分もらえただろうか?トイレを済ませ、再び太陽の船に向かった。
 前回クフ王のピラミッド入場後15分の自由時間があったが、太陽の船博物館前を通り過ぎただけに終わっている。今回自由時間がもらえなかったら、ピラミッドに入らず、太陽の船を見たいと思っていたのであったが、大エジプト博物館に移されていた。私にとっては超ラッキー。

さっきの訪問時、人の集まりが少なく、ゆっくりできる場所であることが確認できていた。波形をイメージさせるようなベンチも設置されている。腰を痛めている妻の休息場としても最適な場所でもある。インフォメーション前のベンチで横になり暫くの休憩。力を取り戻した妻と第一の船を見学。一緒に写真を撮ってもらおうと人を物色。アメリカ人の二人組に白羽の矢が当たったようだ。写真を撮ってもらったお礼にとトトロ。口を半開きにアメージングの形相。妻はこの瞬間がたまらないようである。旅の楽しみの一つとなっている。

太陽の船展示棟 移動される太陽の船 GEM到着

 その後階下のパネル展示をつぶさに見て歩く。

第1の船

クフ王の「太陽の船」
Photo: Ahmed Gomaa/Xinhua News Agency via Getty Images
 ギザの大ピラミッドを建造した第4王朝のファラオ、クフ王のために造られた「太陽の船」は、記録に残る世界最古の大型木造船の1つで、第1の船と第2の船の2隻が見つかっている。全長が40メートルを超える船にはレバノン杉が用いられ、紀元前2500年頃、クフ王のピラミッド南側の船坑に分解して封印された。2隻とも、太陽神ラーとともに王の魂が来世へ移動するためのものとされる。
 4500年以上もの間、地下に隠されていた第1の船が見つかったのは1954年。エジプトの調査隊によって木片1224点が発掘され、修復の名手ハグ・アーメド・ユーセフ・ムスタファが十数年をかけて丹念に復元した。この船の構造は極めて精密で、理論上は今でもナイル川を航行できると言われている。なお、1987年には早稲田大学エジプト学研究所が、電磁波地中レーダー探査で第2の船の存在を確認。第1の船に隣接する坑から発掘され、現在は大エジプト博物館で復元作業が一般公開されている。

第2の船

 トイレに向かった妻はトイレで小学生たちに囲まれ、またしてもトトロをあげたとか。人数が多いしフィールドワーク中の小学生のようである。同じダークレッドのトレーナーのユニフォームを着ている。もう少しトトロをあげたほうが良さそうと思い先生に手渡すべく近づいた。先生は英語に堪能ではないらしく、インフォメーションアテンダントが助太刀にいつの間にか加わってくれていた。何故か全員と集合写真の運びと相成った。この展開に今回は私たちがアメージング。楽しい一時を頂けた。

 フィールドワークの子供たちと先生方が取り囲んでくれての記念撮影と相なった。
 ただトイレに行っただけなのに!


エントランスラムセス像 オベリスク 駐車場お向こうに

 時間も再集合時間に近づいた。再びラムセス二世像に向かう。その前にギフトショップにも立ち寄った。
 大エジプト博物館の壮大なエントランスホールを見下ろしているのが、エジプト第19王朝3代目のファラオ、ラムセス2世の巨像だ。素材はピンク色の花崗岩で、高さ約11メートル、重さは82トンにも達する。 ラムセス2世はレバント地方(地中海東岸)への遠征を指揮した英傑で、世界最古の国家間平和条約を締結した王として知られる。1820年にミト・ラヒナ(古代エジプトの首都メンフィスがあった場所に位置する村)で発掘された巨大なラムセス2世像は、カイロ中心部の広場に約50年にわたって設置されていた。しかし、排ガスによる劣化が懸念されたため、エジプト政府は2006年に像をギザへ移動。その際の夜間運搬は大きな注目を浴びた。 2018年1月には大エジプト博物館のアトリウムへ最後の移動を果たし、同館で最初に設置された主要展示物となった。

今日の朝食 今日の昼食 カイロ空港外観
 昼食はローカルフード店ビール無し。妻はストロベリー私はマンゴの各ジュースをオーダー。旅行行程が目まぐるしく変わったため現地旅行会社(アブサン)からのサービスだという。
 その後ショッピングモールへ。ばらまき用のお土産には最適の場所である。デーツのチョココーティング・コーヒー・等々を購入。一体いくらなのだろう?請求が楽しみ!
カイロ発19:35発の飛行機に乗るため手荷物検査後スーパーで購入した物品をスーツケースに放り込んだ。検査のためのラインコントロール?ライン封鎖といったほうがいい。
空港内は雑多?無秩序?
 カイロ空港のイミグレーションで並んでいると、先に通過した人たちの中から誰かの叫び声。私たちを呼んでいる。見るとY・Aちゃん達。ビックリ。彼女らはカイロからエミレーツで関空まで飛ぶ。
 イミグレ通過後も手荷物検査がある。トイレを済ませラインに並ぶ。ところが、ラインが二転三転。男気を感じるパッセンジャーが仕切っている。ベールの婦人を先に行かせるのだが、その婦人たちは途切れない。20人余を先に通した頃、このラインから手荷物検査に入れないのか?先頭の男性が動く。動いた先でも、ラインは手荷物検査に入れない。突然ラインがクローズ。隣のラインに入れないと、また最後尾に並ばないといけなくなる。隣のラインの男性に入れてと懇願せざるをえない。May I?いれてもらえた。妻をターミナル内でだいぶ待たせてしまっていた。居合わせた松田さん夫婦とゲート前へ。私は途中ラウンジを確認することができたのでビールをひっかけにラウンジに向かったもののビールはなし。プライオリティラウンジではあった。ウエイターがすごかった。ウイスパーを素手で開けてくれた。オープナーはと聞くや手にとると、ひねりはじめた。見事オープン。おやじの歯で栓を開けるパーフォーマンスを思い出した。
 機内、安藤一族の長女が体調不良?席をCからAに変わった。

旅のエピローグ